前回のお話(はこちらから)を出した時「面白かった!」っていう嬉しいコメントをたくさんもらったが、一つだけ「自分の上司のことをこんな風に悪く言うなんて不謹慎だッ」というニュアンスを漂わせるコメントもあった。でも、くろねこ先生は今ホントに痛感しているのだ。「これってパワハラ?!」に出くわしたときは、気を落とすよりもそれをとりあえず意識してわざと笑い話にしてみるのが一番だ。そうすると、次々と愉快なことが起きて、なんと事態が好転ッ!なんてことが良く起こる。すこぶる健康的な戦略なのだ。ぜひ試していただきたい。

パワハラ上司何処に?

ってことで、話の続きをしよう。

くろねこ先生が働く幼稚園のカリスマ園長「魔女オバン」は予定通り水曜日に休暇から戻ってきた。ところがその日は一日中薄暗い自分のヒッピー部屋に引きこもって何やらやっている。「休暇中に新しい力を授けられてついに新規の魔法液を開発したから、部屋でそれを試してるに違いないッ」と思っていたら、魔女オバンは次の日からまた来なくなった。自分の魔法液にやられてしまったんだろうか。

「あれ、ボスは?」と職員室でキャンデイに目配せすると彼女はぶんぶんと頭を振った。キャンデイとは魔女オバンの側近である(詳しくはこちら)。「来週まで帰ってこないよ」と彼女はにやけてささやいた。知りたくもないのでそれ以上聞かなかったが、頭の中で歓喜のラッパが「ぱっぱらっパラー」と鳴り響く。

パワハラ上司との微妙な関係

魔女オバンとくろねこ先生の関係はかなり微妙だった。

魔女オバン、いや、この州の幼児教育界権威の一人であるベシーランドのもとで働くのが、実はくろねこの長い間の夢であった。今回、念願かなってそうなったわけだ。ベシーランドがくろねこの採用を即決した時は二人で固い握手を交わしただけではなく、興奮して抱き合うというドラマチックな場面もあったくらいだ。

だが、息子のうさぎ君と夫のび太君などは「またッ!、一体ねえ、権威なんてのがホントにそんなに素晴らしいんかい?」と鼻で笑い、「どのくらい続くかベット(賭け)しよう!」などと言い始めた。「僕、『すぐ辞める』にかける!」「オレも!」と父子で盛り上がっている。「その賭けに勝ったら誰にお金もらうの?」と聞くと二人とも腕をブンッと振ってくろねこを指さす。こっちがお祭りムードで喜んでいたのに、全く不謹慎極まりない親子だ。くろねこは「ぶうッ」とほっぺたを膨らませて「今度は辞めないもんッ」と啖呵を切った。。

威厳かパワハラか意地悪か

ところが、オバンのところで働き始めたその初日から、早速不穏な雨雲を見て「魔女オバンは本当はただのパワハラ?」と察知してしまったわけだ。「賭けに負けるかもッ」という言葉が頭をよぎり正直言うと大分気落ちした。

ここで仕事を始めてすぐにこんなことがあった。

その日、魔女オバンは、例によって国産ワニの卵を朝食にして(?)エネルギーをみなぎらせて朝の見回りにやって来た(このお話はこちら)が、午後になって、くろねこが、子どもへの読み聞かせのために持参してた数冊の日本語の絵本(今教えている子どもたちは日本語の絵本の大ファンである。くろねこに日本語の原文で読めといつもせがむくらいだ。)がないことに気が付いた。ちなみにオ-ストラリアの幼稚園先生は「MY教材(マイ教材)」を使うことが多い。子どもにとっては 『その先生しか持ってないもの』というような特別感もあって、ま、その先生にしかない教師としての個性を垣間見れる「ドラえもんのポケット」に入った「7つ道具」といった感じだ。

その絵本たちを、誰が持ってったかはすぐ察しがついた。魔女オバンだ。オバンはすべての部屋の棚に先生や保育士が教材を置きっぱなしにするのをものすごく嫌った。なので、なんでも目撃するや否やマーブル(おはじき)の一つも見逃すことなく掃除機で吸うように一瞬でかたずけてしまう。まさに魔法使いの手さばきだ。

正直言って、カーツときて顔が真っ赤になった。その絵本のことも気がかりであったが、もっとくろねこを憤慨させたのは、いつも何でもオバンに片付けられてしまって、どこにも、本当にどこにも自分が使う教材を置いておけるところがないのである。もう限界である。くろねこ先生の「先生」の部分は完全に打ちのめされてしまった。「MY七つ道具」が使えなかったらどうやって「くろねこ先生」になれるだろう。

くろねこの世界は賞味期限が切れたコーヒー牛乳で浸されたようにドロドロ暗い雰囲気になっていた。早くも、「賭けに負けたじゃん」のプラカードを持った夫と息子がけらけら笑っている姿が 頭にうかんだ。

部下のバリアと精神修行

コーヒー牛乳を浴びせられてさらに黒い猫となくろねこは、、いつもオフィスで魔女オバンにコテンパにされている受付嬢のメルをつかまえて聞いてみた。「なんでいつも(オバンに)ひどいこと言われて平気でいれるの?」。するとインド人のメルはいつものようにあまり表情を変えずにこういった。

「私は、自身にバリアを貼っているからです。」

「はあ…」くろねこは宙に浮いた声を出した。

「私は、常にプロフェッショナルですから。」

あまりにも冷静な答えにくろねこは焦って聞き返した。「だ、だけどいつもひどいことを言われて頭にこないのッ?」

「大丈夫です。誰からのどんな言葉も、私のバリアを壊して私に影響を与えることはできません。」

くろねこは、頭にリンゴが「ぼこん」と落ちてきたような衝撃を覚えた。メルはさらにこう言った。

「それに、彼女(オバン)は自分にストレスを感じているので私に怒鳴るのです。ですから、それは彼女自身の問題であって、私の問題ではありません。」

「へえ…」とくろねこは感心してため息をついた。まるで「精神修行」の旅に誘われている気分だった。メルは極めつけにこう言った。

「さ、あなたも私と一緒にメディテーション(瞑想)をしましょう。そうすれば、あなたも自分にバリアをつけることができるでしょう。」

タラ~とインドの瞑想音楽がくろねこの頭に鳴り響いてきた。

カリスマ上司の像

メルに洗脳されて、くろねこは「よおしッ」と心の中で叫んだ。「勇気をだしてッ」と青春ドラマの主人公になって自分に言い聞かせる。こぶしを握り「ごくん」と息をのむと、オバンが側近たちと「キゃッキゃッ」と笑いながらミーティング をしている職員室のカフェスペースに乗り込んだ。

「Excuse me, Bessie?」ベシー、ちょっといい?

自分の心臓の鼓動が早くなっているのがわかる。

くろねこの青ざめた顔に、オバンは何かを察したようだ。

「Yah?」なあに?

「I am just wondering if you know where my picture books are?」私の本どこにあるのか知ってるかなと思って…

「Your picture books? All the books are in bookshelf, though?」本?本は全部本棚にあるでしょう?

「No, I’m looking for my Japanese picture books that I brought from home」そうじゃなくて私の日本語の絵本です。

「Ahh…」えっと…

オバンの目が宙に浮いた。くろねこは「今だッ」と思ってすかさず付け加えた。

「I kept it up on the shelf and I guess you put it away somewhere…?」棚の上に置いておいたんだけど、あなたがどこかに片付けたのかなと思って…

そう言ったら、オバンは「あ~」と考えるように言っておもむろに立ち上がった。そして 例によってまた歌舞伎女形のように体をよじって「ついてこい」の仕草さをしたかと思うと、どういうわけだか 広い職員室の一番後ろのドアまでくろねこを誘導した。まずいッ、側近たちが見えないところでくろねこに魔法をかけてカエルにでもする気に違いないッ。サッと血の気が引いた。

ところが、一番後ろのドアを開けると、今度はどうしたことか、職員室に沿った長い廊下を通って、さっきいたカフェスペースの隣の受付けカウンターのドアのところにぐるりと戻ってきた。くろねこもオバンについてぐるりと回ってついてきた。と思ったらオバンはくるりと踵を返して方向転換し、体をよじらせてバイリンガル図書室の方によろめくように歩き出した。「ん?」とオバンを見ると、彼女は明らかに困惑していた。どうも頭の中で自分の記憶をたどっているらしい。いくら魔女の権威でも思い出すのに「チチンプイッ」とはいかないらしい。

で、隠れるように一人であっちこっちと空中を指差しして、オバンはつにに「ブツ」を見つけた。悲しいかな、くろねこの大切な本達ははバイリンガル図書室にあるスタイリッシュなアームチェアの、その横で汚い床の上に置き去りにされていた。ってか、あれは完全に「投げて」あった。オバンはその本達を勝手に施設の物と決めつけてここに持ってきたんだろう。

オバンはそれを拾い上げてくろねこに手渡すと、そこで顔を真っ赤にして、明らかに「怒っている」くろねこの顔を目の当たりにした。

オバンは一瞬困ったようだったが、すぐに、例によって世にも恐ろしい女神の笑顔のなった。そしてこう言う。「ちゃんとしまっておいたほうがいいわよ?」

くろねこは頭から湯気を出した。ここはもう言い返すしかない。「じゃ、聞きたいんだけど」と言って、くねこは息を吸った。そしてオバンの顔まっすぐ見て聞いた。「どこに置いたらいいの、私の教材?私がどこに置いておいても、あなたがいつも私の教材片づけちゃうでしょ?」とくろねこは静かに言った。

すると、オバンは体をよじらせて図書室から出たところのラウンジルームに歩いて行ってソファに座り込んだ。どうもさっきからフラフラしながらどういう行動をとるべきかを頭の中でぐるぐる考えているようにしかみえない。オバンは、今度は手招きし始めた。「ちょっと、あなたも、ここに座りなさいよ」という。

そしてこう言った。

「あのね、ホントはこうはいいたくないけど、ここの職員は誰の物でもあちこち動かしちゃうから、すぐ物がなくなっちゃうのよ。だからあなたの教材もきちんとしまっておいたほうがいいわよ。」

何を言うか、オバン。なんてこと言うのだ。自分がやったことを、スタッフのせいにするとはッ。大体、いつも気になっていたが、小学校の先生上がりのこの人はどうも自分のスタッフに階級付けをしているところがある。完全な上目目線だ。

「彼らはそんなことしないでしょう?」とくろねこは真剣に言った。するとオバン、

「あなたが信じないのならそれでもいいけど、でもホントよ。」

この瞬間、憧れの幼児教育界の権威者ベシー ランドの像は、くころねこの中でバリンバリンと音をたてて完全に壊れた。そしてこの「破壊音」をくろねこが聞いたのを、ベシーランドも感じとったらしい。

上司のシッポと部下のシッポ

この日から、魔女オバンとくろね先生は徹底した冷戦状態に陥った。沈黙のシッポの取り合い合戦が始まったのだ。

くろねこは「おべっか」を使うのが大っ嫌いだ。だからもうオバンと口を利くのも嫌だったが、自分にとって職場は楽しくて居心地が良いほうがいい。だから冷戦に突入するにあたって次の「マイルール」を徹底して守った。

1、オバンには必ず毎朝極上の笑顔で挨拶する。

2、(オバンは「自分の役目じゃないから」とか言って、めったに先生や保育士と話をしないが)仕事の話をされたらプロフェッショナルの極致で素早く受け答えする。

2、だけどオバンとはそれ以外は絶対話さない。極力会わないように逃げ回る。完全バリアをはる。仕事中にオバンに遭遇してもオバンを眼中に入れない。

3、そしてどんなに憂鬱でもいつも極上の上機嫌で一日を過ごす。

この作戦はノーベル平和賞もののゴルバチョフの冷戦作戦なりにうまくいった。くろねこは毎日どこでもよく話し、けらけらとよく笑った。オバンには完全バリアを貼り、それが こうをなして、段々彼女のの言動が気にならなくなっていった。

魔女オバンは魔女オバンで、そんなくろねこに少し苛立ちを感じているらしかった。魔女オバンもくろねこと全く同じ「極上笑顔の挨拶のみ」の作戦に出ていたが、今のところ勝負は五分五分であった。どっちも頑固な「極上笑顔」を崩すことは絶対なかった。オバンもくろねこも二人ともシッポをピンと立てて「ご挨拶」するが、終わるととすかさず隠して絶対顔を合わせないようにする。

これは例えば、スタッフ会議の夜のデイナーで女神の笑顔でふるまっていたデザートを、くろねこにだけは自分から渡さないように頑なになっている魔女オバンと、そんなことをモノともせずに上機嫌を装ってゲラゲラと笑談していたくろねこ、という図である。まったくもって滑稽であった。教室に現れたオバンがくろねこが担当している子どもに拒否され、くろねこに抱きついてきた、と言う事件もあった。これも魔女の機嫌を損ねたようだったがオバンは勿論「私は平気ッ」とクールだ。けど、結構殺気を感じた。二人とも「シッポ」は隠して笑顔で沈黙しているが、ホントは相手の「シッポ」がどういう戦略なのか横目で探っている。

パワハラに極上の前向き思考

こんな「シッポの冷戦」が終わる時が果たして来るのだろうかと、暗~い気持ちにもなったが、くろねこ先生は不滅だ。何しろ「賭け」に負けるわけにはいかないのだ。だから、取りあえず他のことについても前向き思考になって考えた。

良~く考えてみれば、だ。ここは風来坊くろねこ先生にぴったりの職場だ。例によって魔女オバンの徹底した『空間開放』の思想により、子供たちはどの年令の子も広~い施設の中を自由に動き回れるが、これは実はスタッフも子どもと一緒に自由に動き回れるってことだ。思えば、一つの部屋の中で一日中過ごさなきゃあならない普通の幼稚園のクラスにいつもウンザリしてしまう癖があるくろねこには、もってこいの職場だ。

それにくろねこが担当する幼稚園生の子どもの人数も少ない。少人数制でやるプロジェクト学習(って何?こちらでは超真面目に説明してます笑)ってのがくろねこ先生の売り物なんだから、これは好都合である。

それにだ。多分これが一番の「決めて」だろう。

魔女オバン、いやベシーランドの究極の思想は、つまりは、全てが「子供が主体」なのである。そのやり方が今は全く成功していないにしても、その哲学自体はくろねこ先生自身もづっと追い求めてきたもの(もっと知りたい方はこちら)なわけだ。だから、もしかすると、だ。ここはくろねこにとっても、本当は楽園になりえるのかもしれない。

と、まあ、そう楽天的に考えてみた。こうすりゃ、ちょっとの間は夫と息子の不謹慎な「賭け」に負けることはないだろう。

パワハラ上司の素顔

ってなわけで、こんな感じで何とかやってきたのだ。オバンの休暇中には、オバンは実は「はだかの王様」であったことも発覚した(前回のお話はこちらから)。一人で戦ってるんじゃないってわかったわけで、これもくろねこをちょっと気楽にさせた。

だが、それもつかの間、オバンの休暇は延長されたものの、それも終わって月曜日に彼女はとうとう帰ってきた。なんと、職員室でキャンキャン吠える仔犬バクスターを連れての子づれ出勤であった。「ひゃ~、今度は魔女犬だあ~」とくろねこは心の中で叫んだ。この日、オバンの側近キャンデイはバクスターの世話に追われてあっちに走りこっちに走りと、アニメのキャラクターになりあがっていた。

さて、現場のスタッフは全員「オバンが返ってきたッ」「来るぞお」と緊張感いっぱいで、泣き虫子犬バクスターをお供にした魔女オバンのお出ましを待っていたが、どういうわけだかオバンは全く教室に出現しなかったのである。

その日だけではなく、休暇後、オバンの現場見回りが全くなくなったのである。

どういうことはよくわからないが、くろねこは少し拍子抜けしてしまった。だって、前回のお話(はこちらから)通り、オバンの休暇中にくろねこは宣戦布告を仕掛けたわけだから。だが、オバンの反応は未だ知れぬになってしまったのだ。が、つまりこれは「オバンのいない間に変えちゃえ!」といってやったことはこのまま続行アリってことなのかもしれない。「ま、いっか。こりゃ、いいわ。もううるさく言うのはやめたんかい」と一人でほくそ笑んだ。そんなこんなんで、シッポ冷戦の衝突もほとんどなくなった。

それに、「シッポ冷戦」でくろねこはちょっとわかってきたこともある。

権威と言われるベシーランドも、本当は「カリスマ魔女」じゃなくて、(当たり前だが)ただの普通の人間なのかもしれない。感情的になったり、頑固になってみたり、きゃッきゃッとはしゃいで白目で見られたり、意地悪になったり、 仔犬を連れてきて迷惑をかけてみたり。そう思うと、「カリスマ」って言うイメージはすっかりくずれ、くろねこの中にベシーランドに対するちょっとした親近感さえもわいてきた。

という事で、この「くろねこ先生奮闘記」も、日本の刑事ドラマのごとくほのぼのとした人情物語に移行してゆくのかも、なんて思っていた。

ところが、だ。そうは問屋は降ろさなかった。オバンは、やっぱりパワハラ魔女であった。これで済むわけがなかったのだ。オバンは、今度はなんと違う方向からのパワハラでくろねこを攻めてきたのである。魔女オバンの、びっくり戦法仕掛けである。くろねこは今度こそやられてしまうのだろうか。

第6話はこちらから

読者の皆様へおことわり; このお話は、くろねこ先生の実際の職場での体験を一部参考にして作られていますが、お話に登場する人物や施設、そして出来事はすべて架空のものです、あしからず(笑)。

こんなお話もあるよ!

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