日本仕込の風来坊幼稚園教師くろねこ先生はとうとう、カリスマ園長「魔女オバン」に呼び出されてしまった。25年前、オ-ストラリアはメルボルンで幼稚園先生に復活して以来、どこで働いても「やる気がありすぎてめんどくさい先生」という名のもとに上司と喧嘩し放題のハチャメチャ教師であり続けてきたくろねこであったが、相手が州の幼児教育の権威とあっては、今度こそ終わりかも知れない。

魔女オバンのヒッピー部屋(施設長室)に「ご招待」されたのは、くろねこが幼稚園の生徒たちと「施設探検」のプロジェクトを企て、「こども園」のドアを通り抜けていざ公共施設セクションに繰り出そうとしたものの、即座に魔女オバンに見つかり「わあッ」と言って逃げ出し、その後、子どもたちと一緒にオバンに「公共施設セクション通過許可をくれッ」と切実な手紙を書いて送り届けた、その後のことである。

その子どもたちからの手紙は、封は開いて読まれた形跡はあったものの、どういうわけだかしばらくそのまま職員室のカフェスペースのテーブルの上に1週間ほど放置されていた。

くろねこはよばれた。

施設長部屋に入ると、魔女オバンは、例によって「女神様」のようなとろける笑顔で「さあさあ、座って」とくろねこをソファに座るように促した。いつもの通りオバンの側近キャンデイもいて、壁側の二人掛けのソファの奥に座って落ちついていた。オバンはまだフラフラして座っていなかった。こういう場合、くろねこは絶対に二人が並んで座る(であっただろう)その前に座らないようにしている。こちら側の言い分を話すとき、二人から凝視される形になるので、プレッシャーを感じて不利になるからだ。すかさずキャンデイの横にするりと入り込み足を組んで座った。オバン、いや施設長ベシーは一瞬戸惑ったようだったが笑顔を崩さずくろねこの前のソファにゆったりと腰を掛けた。これで、ベシーが話すときはくろねことキャンデイーが彼女を「見つめる」という形になる。

ところが、話し合いが始まると、オバンが相手の時にはそういう戦略は不要なのだという事にいつもすぐ気づかされる。

このカリスマ園長は、現場に来るときはものすごく威圧的であるのに、どういうわけか、こういう場面では絶対に相手に緊張感を与えないのだ。相手はどういうわけだか心を開いて話しを始めることができるので、話し合いはいつでも建設的になる。結果、「話して無駄だった」とはならないわけである。ここのところ、かなりのプロだ。くろねこはこれまで数多くのマネージメントのリーダーと仕事をしてきたが、その多くは、こういう場面でいつもくろねこに「圧力」をかけようと必死であった。これはリーダーとして、自分にも自分のやろうといることにも本当は自信がない証拠である。

ベシーは相手に緊張感を与えることなく相手の話を「まずは聞きましょう」というアプローチをとるが、その「聞く」というのを「聴く」と置き換えたほうがわかるかもしれない。ベシーは「あなたの話を聞かせて」の体制をとっていても、途中で相手の話をかならず遮ってくる。そういう時はこっちも心の中で舌打ちをして、「まずは話を聞いてくれよ、オバン」と愚痴るのだが、その瞬間、容赦なくオバンの「深堀り」質問が飛んでくる。「それをやりたい理由」とか、「なぜそれをやりたくないの」とか、そういう表面的な質問ではない。

どういう感じかというと、こんな風だ。オバンは「ちょっと待って。」とこちら側の話を止めてから、「ちょっと今きちんと入ってこなかったんだけど…(つまり理解できなかったということ)」と、まず申し訳なさそうに言う。するとこっちも「どうぞどうぞ」という気分になって「そうか、もうちょっとわかりやすく話さなきゃダメかなア」と思ったりして、少し心を開く。そしてオバンはこう言う。「私の受け止め方が正しいかどうかわからないんだけど、私なりに、あなたの考えを理解しようとするとこうこうこうなるんだけど、どうかしら、合ってる?」

これには言語の問題もあって、くろねこの英語力が完璧じゃないという事もあるから、ま、オバンがこっちを「気遣ってる」っていう事も十分にある。English dominant の国(って言い方がぴったりだ。つまり英語を話す人の方が優位な国っていうこと)では 話してるときに相手が自分を気遣って話してくれる場面もよくあるが、これもやり方次第で相手に威圧感を与えマウントを取るための最高の戦略になる。例えば、正当な理由もなく過剰な仕事を押し付けられそれを「正当な理由」を説明して断ろうとしても、英語が未熟だと「ごっめ~ん、ちょっとあなたが言ってることよくわかんないけど、つまり、あなたこれをやるのが嫌だって言うことよね~」なんて言われることが、仕事の一場面であったりする。ま、海外に住んで仕事しようとしたら、こんなことがあるのは当たり前で始めから覚悟が必要だ。

しかし、こういったマウント合戦は 魔女オバンの「子供の楽園」のスタッフルームでは絶対あってはならないことなのである。もしもこういうEnglish dominant の雰囲気が彼女の職場に作り出されてしまったら、「移民文化の濃い地域のためにつくられた施設」を仕切る、州の幼児教育界の権威の一人である我らが魔女オバンにとって、最大の失策になってしまう。これこそ、オバンのプライドが絶対に許さない。だから、彼女のスタッフへの対応は、絶対に、そういったEnglish dominant を浮き彫りにしたマウント取り合戦になるはずがないのだ。

またまた我ながら意地悪な書き方をしたが、つまり、魔女オバンのスタッフへの対応はいつでもプロフェッショナルに徹しているわけである。それも、例えくろねこの想像通りにそれが魔女オバンの「プライドを保つ武器」なのだったとしても、彼女の対応は、決して単なる「表面的」な塩対応ではないのである。「あなたの言うことを私はこう理解しているけど、これであってるかしら?」と確認を取ろうとするが、相手はまずこの会話で「自分の考えや感情」をオバンと一緒に振り返る時間を与えられることになる。これは自分の専門的な見解を見直す機会にもなる。これが建設的な会話をつくり出すわけである。

さて、問題はこの後だ。こういう会話になって「あ、ちゃんとわかろうとしてくれてるんだ」というちょっとした安堵間を覚えていると、次にはオバンは、彼女自身の理解に対して「深堀り」を始めるのである。これが、怖いのだ。オバンは相手との会話を真剣にメモし始める。この深堀りが、相手(この場合くろねこ)に自分の行動の「意図の軌跡」をたどらせる ことになる。

そのメモを見ながら「つまりあなたがこういう理由でこうしたいということよね。」と確認をとる。自分が言った言葉はそのままそっくりこちら側に帰ってくるわけだ。向こうはメモしてるから間違っているわけはなく、こっちが間違った言葉をつかっちゃっていたら、そのまま帰って来るので「しまった~!」と心の中で焦るわけだが、そういう時はもう後の祭りである。

ところが、である。くろねこはそんな風に身構えていたのであるが、今回の「呼び出しご招待」の話し合いはどうも雰囲気が違うということに気が付いてきたのだ。

「どう?落ち着いた?」ベシーは軽やかな笑顔で目の前に座るくろねこに聞いた。

「えっと...何が?」私は足を組んで呑気に聞き返した。

「ここでの仕事のことよ」

「そうね、楽しいわ。」そういうと、隣でこれまたゆったりと座っているキャンデイーが「ぐふッ」と苦笑した。

「ホントよ、そりゃあ、かなり大変だけど。」

大変というのはこの施設が「空間開放の哲学」をベシー ランドの徹底思考をもって導入されていることを言っている。この、ベシーランドの改革に日々振り回される教師や保育士たちのお話はこれまでのエピソードを読んでいただければわかる。

ベシーは相変わらず優しいい笑顔をまき散らして

「そりゃあ、大変でしょう、もちろんわかるわ。」

と言った。

この返答に、くろねこはほんのちょっと驚いた。

「ほんとにそう思う?」とくろねこは聞き返す。するとベシーは首を大きく上下に振って

「そりゃあ、もちろんよ。今まで、あなたと同じポジションについたどの先生もみんな大変な思いをしたし、できなかったわ。」

そりゃそうだ。だから、みんな喉から手が出るほど欲しいポシションにもかかわらず、現場に入るとオバンのあまりの徹底ぶりに恐れおののき、みんな次々と辞めていったわけだ。ベシーは自分の改革についていけるであろう経験豊富で実績を積んだチャレンジ精神旺盛な教師人材を探していた。で、今回ラッキーにも(と思っていた)くろねこにチャンスが回ってきのた。まだオバンの本性を知らなかったくろねこは、「憧れのベシーランドのもとで働ける!」という想いで舞い上がったものだった。「完璧なタイミングでここに来てくれたわ!」と言われて固い握手とハグを交わしたわけだ。

「I am glad to hear that you actually know how much challenging it is 」とくろねこは悪びれせずに言ってみた。

「ベシーが、(ここで教えることが)先生たちにとって凄く大変なことだろうとホントは知ってくれていてよかった。」という意味だ。

「Ohhhh yes, I’m sure it is! もちろんわかってるわよ!」とベシーはちょっと驚き顔で言った。

「でも、それでも あなたがここでの仕事を楽しいと言ってくれて、本当に良かったわ。で、」

何だ?どう攻めてくんだ?とくろねこは目を大きく開いた。

「ぜひ聞きたいんだけど、どういうところが楽しいのかしら?」と、こうきた。

くろねこの応えはすぐ出てきた。

「だって、自由に子どもたちと施設の中を動き回れるもの」

と答えた。本当のことだ。通常の幼稚園であれば一日中自分の教室に入って頑張っていなければならない。ここでは 6部屋分の空間に加えて、保育士専用のキッチンと子供たち専用の ダイニングルーム、広い廊下と園が誇る4つの探検型のバックヤードを自由に行き来できる。教師が動き回っていても他の10人の保育スタッフたちが各場所で子どもたちに添ってくれている(…はずだ。)

「そうよね。わかるわかる。」と、オバン、にっこり。そして、こういう場面では、いつも笑顔で黙って相槌を打っている側近キャンデイにこう言った。

「くろねこはね、コミュニティに密接したプロジェクトをやるのよ。素晴らしいわ。」とオバンはくろねこの前歴を褒め始めた。

「Yes I know(そうよねえ)」とキャンデイー。「すばらしいいと思うわ。」

「あたのその経験こそが欲しかったのよ。」とベシーは声高らかに言う。そして繰り返すように言った。

「あなたはいつも学ぶことをことを子供と一緒に心から楽しんでいている。あなたの子どもたち(生徒)があなたの働きかけにどう対応してるかを見てるとそれがようく伝わってくる。本当に素晴らしいわ」

と、オバンはいたって真面目な顔で語った。

これが 罠である事は一目瞭然だ。風来坊教師くろねこたるもの、ここで騙させれはしない。あっちから爆弾を先に仕掛けられないよう、くろねこ戦闘開始である。

「But?」とくろねこは言った。オバンが次に「発言」するであろう言葉を先取りして言ったのだ。

「へ?」とオバンは一瞬動きを止め、「But?」とくろねこの言葉をリピートした。その瞬間、オバンの「カリスマ顔」は急に崩れ、それから落石のようにゲラゲラ笑いだした。

どうだ、これが24年の風来坊教師の戦闘実績である。まず、敵が攻めてくる前に敵を笑わせて冗談ムードに落とし込む必要がある。「まず誉め言葉を言う」のは、上司が部下の仕事の仕方を注意しようという時に攻撃的にならないよう、ひとまずワンクッション置くためだ。「とにかく何事も穏健に事を運ばせたい」というのがオーストラリア人気質。しかしくろねこには騙されない。

オバンはちょっと顔を赤らめて、首を振りながらこう言う。「私は”But”なんて言わないわ。”And”よ」なんていい始めたが、どうも顔がゆがんでいる。くろねこは「なかなかいいぞ」と心の中でつぶやく。

オバンが「自分を立て直す」のにそれから何秒かかかった。オバンは、笑みでゆがんだ顔を必死に抑えるようにこういった。

「And…それでね、一つ質問があるんだけど…」

くろねこはわからないように息をのんだ。

「Would you find the meaning of the integrated?」

とオバンは言った。

オバンの質問はいつもこうだ。疑問詞を置かないので、こちらは質問を理解するのに一瞬戸惑う。直訳すると「統合という言葉の意味を発見しますか」となるが、直訳が頭に浮かんでくると、質問されているのか、「それをやれ」と言われているのか、ますますわからなくなってくる。

目に魚を泳がせていると、隣でおとなしくしていたキャンデイが助け舟を出した。

「How do you think about the integrated service?」

これならわかる。「Integrated Service」というのは「統合型のサービス」、つまりこの施設のことである。ここ10数年の間に日本の保育園も「こども園」に統合されたと聞いているので、日本でも馴染みがあるのだろうか。くろねこが働いているこの施設の場合、6つの幼稚園、保育園のほか、母子健康コンサルティング、プレイグループ、療育サービス、コミュニティイベント会場、バイリンガル図書館、そしておもちゃ図書館などがあって規模が大きいので、教師や保育士の他にオフィスでもたくさんのスタッフが働いている。

オバンはつまり「統合型サービス」をどう考えているかと聞いているのだが、ここでまた問題が出てきた。くろねこ、質問の「主旨」が理解できない。質問の意味が分かっても、その主旨がわからないとどう答えていいのかわからなくなる。くろねこはまた目を泳がしたが、自分の言うことに半信半疑なまま何とかこう答えた。

「統合型のコミュニティの中で子どもはたくさんのことを学べるし、本当に素晴らしいと思うわ」とくろねこ。

ここで、それを聞いたオバンの目がきらりと光った。

くろねこはなぜか直感的にハッと何かを感じた。

「そうね。その通りだわ。ところで子供たちはこのコミュニティの中で何をどんな風に学ぶのかしら」オバンは微笑みをキープしながら穏やかにくろねこにこう聞いた。

なんだかわからないが、どういうわけだか直感的に「しまった、これは落とし穴だ!」とくろねこは心の中でささやいた。そして同時に自分の声も聞く。

「今だ!戦闘開始!」

くろねこはイチかバチか一撃うってみた。

「例えば、子どもたちとやってる『施設探検』なんだけど、あれだって統合型の施設だからこそできる。こんなコミュニティ色の強い環境で子どもとプロジェクトをやってみたいって思ってたから、わくわくするわ。」

とくろねこは語り、こう聞いた。

「ベシーにも子どもたちの施設探検をぜひともサポートしてほしいわ。子どもたちが書いた手紙、見てくれた?」

繰り返し説明するが、「子どもたちがかいた手紙」というのは、子どもたちが話し合って作った「(公共施設セクションの)通行許可をください」という例の手紙のことで、しばらく職員室のテーブルの上に放置してあった。これにはくろねこはしびれを切らしていた。

大体、だ。「統合教育とは何ぞや」と質問してうんちく述べてる暇があったら、子どものコミュニティ活動にもっと協力してほしいものである。

と、ベシーに対する不満がくろねこの頭の中で奇妙な音楽とともにリストアップされ始めた時、我らがカリスマ園長、意外なことを言い出したのだ。

「私、あれを読んだときね…」

ベシーは両腕を胸の前に持ってきて「むねきゅん」スタイルになった。そしてこう言った。

「正直言って心が傷ついたの…」

「へ?」くろねこの目が一瞬点になった。

「どういう意味?なんで傷ついたの?」くろねこは身を乗り出してベシーに聞いた。

「あなたね…、もう一度聞きたいんだけれども’統合教育’っていうことの意味をどうとらえているのかしら?」

はっきり言って、ちょっと訳が分からなくなって、くろねこはたじろんだ。

「子どもに、私に通行許可をくださいって書かせたでしょう?」

「いや、あれは子どもが自分たちで話し合ってそう書こうと決めたんデス。」

「違うわ。あなたがそう促したからでしょう?」

「違うちがうッ」とくろねこは両手をぶんぶん振って訴えたが、オバンも首を上下にブンブン振って「そうだそうだ」と主張する。

オバンとの会話をこれ以上リコールするのはやめておこう。この後も会話は続いたが、あとは要約したほうがよさそうだ。

要するに、だ。オバンの言うには、純粋な 統合型教育施設の中にあっては「誰かに許可」を求めるということがあってはならないというのだ。子ども同士はもちろん、子どもと大人の間にも隔たりがあってはならないとう、ベシーランドの空間開放の信念に沿ったこれまた壮大な哲学である。ベシーは、自分は子どもにとって「許可をあげる」存在であってはならないし、自分をそういう存在に仕立てたクラス担任のくろねこの配慮が足りなかったと、そう言っているのである。

保育関係の仕事をしている読者さんであれば、この哲学の壮大さに「わあ、すごい!」と思ったかもしれない。そうだ。このビクトリア州幼児教育界の権威ベシーランドは凄いんだ。すごい哲学を持っている。が、子供の主体性を軸とした徹底した空間開放理論の実践はこのビクトリア州では未だ成功した例がない。ベシーはその先駆者になりたいのだ。が、その導入は未だ際立った成果を見せず、現場は毎日しっちゃかめっちゃかだ。が、ベシーは謎の「知らぬ存ぜぬ」顔で、フワフワ宙に浮いたような理想哲学論を教師たちに毎日「語って聞かせる」。くろねこも「こどもが主体の教育」をかなり徹底させてきた教師ではあるが、現場ではかなり地に足を付けてその実践に向き合ってきた。が、どう考えてもベシーの足は宙に浮いているのだ。

子どもを中心に据えた、徹底した民主主義教育を貫きたいのはわかる。が、それならふわふわ論ばっかり言ってないで、少しは教室での子どもの活動をサポートしてくれよ、オバン。

一体全体、この施設は、そんなに素晴らしい「統合型施設」であってしてみんなが平等なはずなのに、どういうわけだかベシーランドの絶対権威のもと全てが回っている。この統合型施設で働いているたくさんのスタッフ誰一人とて、ベシーに逆らえないのも事実なのである。

話し合いはいたって穏やかなムードで笑いが絶えることなく進んだ。これも魔女のスーパーテクニックだ。くろねこは「今後はそういうことはないようにします。」と笑顔で答えたものの、納得がいってるはずがなかった。

が、この話し合いを通して一つ感じたことがあった。「私がそんな風に子どもに思われてしまって、悲しかったわ」と体をよじらせて話しているオバンを見て、「今まですごいカリスマだと思ってきたけれど」と、くろねこは思った。「もしかすると本当はそんなにすごい人じゃないのかもしれない。」

ベシーは、ついこの間も何だかかんだかの州をあげての賞をもらったり、有名なモナッシュ大学の雑誌に載ったり、テレビのインタビューに出たりと、本人も周りも狂喜していた。が、もしかすると、それはベシーが自分自身で作り上げてきた外向きのカリスマ像であって、ベシーの本当の姿はそれじゃないのかもしれない。と突然思ったのだ。

そして、ベシーのことを「すごい人だ」と祀り上げて勝手に拝んでいたのは、他でもない、くろねこ自身だったかもしれなかった。ベシーが自分でかついだ「壮大な哲学」と大奮闘しているのは、本人はその素振りこそ見せないが、実は他でもないベシー自身なのかもしれなかった。

そう感じたとたん、くろねこの中からすっと何かがクリアになった気がした。そして、ベシーに対する自分の言葉が急に軽くなったのだ。そして次の瞬間に

「What is your horoscope, Bessie?」

という言葉が出てきた。ベシーの星座は何か、と聞いたのである。くろねこは星座占いをわりかし信じているほうなので、星座で彼女の性格をチェックしてみるのも面白いなと思ったのである。ベシーは別段驚きもせず「ヤギ座よ」と教えてくれるから、

「ベシーは凄いスピリチャルだよね」

という言葉が自然にでてきた。

「そうなの。私は凄くスピリチャルな人間よ。」とベシーは話し始めた。ベシーのヒッピー部屋は今日も異国のお香やハーブのキャンドルの香りでいっぱいだった。天井を覆うように飾ってある自然素材のありとあらゆる地球色のスカーフがその空気をより一層不思議な雰囲気にしていた。

どういうわけだか、オバンが魔法のガラス玉の前で「チチンプイッ」なんで言いながら、スタッフが何をしているのか覗いているオバンの姿が目に浮かんだ。

くろねこは心の中で笑いがこみあげてきて、ベシーをふとからかいたくなった。

「ベシー、タロットカード占いやるんじゃない?違う?」

タロットカードを馬鹿にしているわけではない。ただ、それが本当のことだったらベシーをびっくりさせるに違いない。そしたら、かえってきたベシーの反応は、ちょっと愉快であった。

「タロットカードねえ…そうそう、あたしやるんだけどね…」

と、ベシーは嬉しそうに話し始めた(!)と思ったら「はッ」と我に返った顔をして、くろねことキャンデイの顔を交互に見た。そしてこう叫んだ。

「My god!」

くろねことキャンデイは、真っ赤な顔をしてうろたえているベシーを見てほっこり笑った。

そして、どういうわけだか、これ以降、くろねこはベシーに対して抱いていた意味のない「緊張」がすっかり消えてしまったのだ。そしてそれと同時に根拠のない権威者への「憧れ」もなくなっていったことに気が付いた。ベシーはなぜかくろねこを捕まえて冗談を飛ばすことが日常茶飯事になっていった。英語のジョーク返しが苦手なくろねこもこれには鍛えられた。

ベシーのジョークが頻繁になるほど、くろねこがベシーに冗談を言い返す回数が増えていった。あの時に素顔を見られかけて、ベシーの中で何かがくるってしまったのだろうか。ベシーのくろねこに対するいたずらぶりには、チョット周囲も驚いていた。けれど、そんな状況はくろねこをちょっぴり楽しくさせた。そしてそれがまたくろねこの「話すこと」に対する緊張をさらにほぐしていったのだ。ベシーに言いたいことをだんだんと言えるようになり、そしてそれはほとんどが、冗談交じりの会話としてベシーに投げかけられた。

くろねこは、魔女オバンとの出来事をこのブログに笑い話にして書くことで、ホントはつらかったのかもしれないその6か月間が、なんとも楽しい愉快なマインド ジャーニーになっていたことに気が付いた。読者さんから「上司のことをそんな風に書くなんてッ」みたいなコメントももらったが、「笑い話」にしてみることで自分のベシーへの対応がものすごくおおらかになっていったことにも気が付いた。ベシーに何か言われて腹立たしかった時も、「魔女オバンめッ」と心の中でつぶやくと、つい心の中で笑い出してしまい、緊張感も怒りも消えてしまうのだ。だから次の日にはいつもさっぱり笑顔になれた。

忙しい4学期はローラーコースターのように通り過ぎ、あっという間に学年度最後のがやってきた。もうすぐクリスマス。明日から40日間の長い夏季休暇が始まる。外もだいぶ熱いがみんなの心もホカホカしていた。職員室でみんなにハグをして一番最後にベシーに挨拶をすると、ベシーはこう言った。

「あなたは、本当にいつも自然ね」

別に大した意味はなかったのだろううが、くろねこにはなぜか、それがベシーの感謝の言葉に聞こえた。くろねこは、ベシーにこう返した。

「あなたが、そうさせてくれたのよ。」

そして日本語でそっとこうつぶやいた。

「魔女オバンの魔法の杖でね」

おしまい

読者の皆様へ;このお話はフィクションです(笑)。どのくらいフィクションなのかは、読者さんのご想像にお任せします。くろねこ先生の「オーストラリア幼稚園奮闘記」はこれでおしまいです。ま、どこの国でも働いているといろいろありますね。このお話で誰かの心が少しでも軽くなったらいいな、なんておもっています(笑)。お話を全部読んでくださった方はもちろん、ちょっと覗いてくださった方もEarth Children Blogに遊びに来てくださって本当にありがとうございました。また次のシリーズにも是非あそびに来てください。

くろねこへのメッセージはこちらへ Earth.Children.Blog@gmail.com

くろねこ先生のオーストラリア幼稚園奮闘記 カリスマ園長魔女オバンの最初のお話はこちらからどうぞ

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