くろねこ先生の新しい職場である幼稚園のボスは、その博識と女神の笑顔を使ってスタッフを自由自在に操るとんでもない魔女オバンであった。上司におべっかを使うことが大嫌いな風来坊くろねこ先生と、州の幼児教育界の権威である魔女オバンは「挨拶だけは毎日極上の笑顔でする、だけどあとはお互いを眼中に入れない」を徹底して守るという徹底冷戦を続けていたが、どういうわけだか魔女オバンは突然現場(教室)に全く顔を出さなくなったのだ(前回のお話はこちらから)。

「もう見回りに来ないんかい」と、くろねこ先生はちょっと拍子抜けしたが「ああうるさいのが来なくなって良かった!」とこみ上げる喜びを「小刻みジャンプ」でみんなにわからないように表現した。

しばらくの間、平穏無事な時間が流れた。ちょっと恐ろしい気がしないでもない。

オーストラリアの幼稚園監査通知とカリスマ園長

はじめは移民の家族をサポートするのが目的で建てられたこの公立の施設の規模は、最近、魔女オバンがそこらへんの幼稚園を「あッ」という間に「飲むこんで」6つの施設に拡張してしまった(このお話はこちら)。まるで「千と千尋の神隠し」の妖怪級の不気味さだ。

でも、大きくしたってことは、オバンの責任の範囲もピロろ~んと広がってしまったってことだ。実はこれらの6つの幼稚園のうち3つの施設に、最近いっぺんに怖~い「監査訪問」の通達が来たのだ。(オーストラリアの幼児教育施設に来る「監査」のお話はこちらから)これじゃ、さすがの我がオバンも、自分のヒッピー部屋でキャンドルやお香をたいて遊んでる場合じゃなくなった。オバン、休暇の後の大慌てである。この監査騒ぎで、くろねこがいる本部幼稚園の教室に見回りに来ることができなくなったのである(とそのときは思っていた)。

監査通知が来てからというもの、オバンは教育主任のキャンデイや他の側近たちを引き連れて毎日他の幼稚園に出向くようになった。そして午後になると本部に戻ってきて、職員室のカフェスペースをぶんどり、ワチャワチャとランチを食べながらミーティングを始める。きゃッきゃッと女学生のごとく盛り上がっていると思いきや、突然オバンの厳しいシャープな声が飛んで、瞬時で「しィ~んッ」と場が凍り付く。くろねこは、午後は職員室の一番後ろのデスクで(かくれて)仕事をしていることが多いが、そのデスクのパソコンのスクリーンの端っこからミーティングの様子を観戦する。一日1回限りのエンターテイメントだ。

ミーティング中に、瞬時で「しィ~んッ」と場が凍り付くってのは、何も魔女オバンがきゃッきゃッと盛り上がってる側近たちを叱ってそうなるわけじゃない。(だいいち一番女学生癖が強いのはオバンである)。そうじゃなくて、側近たちの「普通はこうだからこうしたら良いのでは」理論をオバンが一瞬で論破王ひろゆきのごとく論破してしてしまうのだ。しかもそれまで極上の女神笑顔でジョークを飛ばしていたのに、わが論パ女王はひるまない。カリスマ魔女園長独特の「オバン憲法」は不滅で、「普通はこうだ」という一般庶民の一般論は、オバンの一声によって、必ず蹴り飛ばされる。魔女オバンは「普通はこうだ」が大っ嫌いである。

そして、どんなことでもでも必ず自分の哲学を論破できる究極の「理由」をスタッフに求めるのだ。そしてその論は、魔女をインスパイアするぐらいセンセーショナルでなければならない。が、くろねこは未だ、誰かがそれを成功させた瞬間を見たことがない。

オーストラリア幼稚園長の「基準は満たしてます」賞バッチ

さて、恐ろしい監査のことであるが、州の幼児教育界の権威の一人であるカリスマ的存在のベシーランド(我らが魔女オバン)たるもの、この施設の園長になって当たり前のごとく監査の結果を “Exceeding”、つまり 最優秀施設に仕立てた。まあ、市民の税金をどっぷりつかってあれだけ設備の整った公立の乳幼児施設を建てたんだから「そんなのあたりまえッ」という感はある。が、これも2019年の監査の時はなんと “Meeting”というレベルに落ちてしまった。“Meeting”ってのは特別優秀じゃなないけど、ま「基準は満たしてます」のレベルだ。

そして、何がきっかけとなったのか、カリスマ施設長ベシーランドは、この監査が終わった直後に突然、例の「空間開放」の理論(詳しくはこちらのお話から)を導入することを,独断で決定した。独断といっても、何かと言っちゃあ州の教育省Department of Educationのスタッフがカジュアル訪問してるのををよく目にするから教育省にも後ろ盾をしてもらってるような感もある。このへんもさすがにカリスマ魔女である。そしてそのまま、誰にも「反対ッ!」と言われることなく今になっちゃったわけである。

が、いくらそういう「コネ」があろうと、市民の税金を使って建てられた施設なんだから監査は甘くない。読者の皆さんにくろねこは断言したい。このままでは、次の監査は間違えなく、“Meeting”どころかパスもしないだろう。だって、正直、空間解放のその「空間」が広すぎて子供一人一人がどこで何をしてるのか把握しきれないんだから。毎日子どもを施設の中をあっちへこっちへと追いかけて、こちらは頭の中がぐるぐるである。つまり子どもの「安全」が確保できてる環境とはとても言えないのだ。

ところが、恐ろしいことは、であるが。最も恐ろしいことは、実はベシーランドはこの「監査」そのものに対して「挑戦」しようとしているのではないか、という疑惑が(くろねここの中で勝手に)浮上しているのである。つまり「普通はこうだ」が嫌いな魔女オバンにとっては、「普通は優秀賞が欲しい」もタダの邪道となってきた、ってことだ。これまで州の幼児教育界の権威の一人として猛進して来たベシーランドにとっては、「優秀賞バッチ」なんて「そんなのもうどうでもいい」代物になっちゃったのかもしれない。そんなことより、教師時代に自分がずっとやりたかったと思ってきたことを、そして自分が信じてきたことをどうしても「魔女人生」が終わる前に試してみたいのかもしれない。

これだけ聞くと、ちょっと愉快にも聞こえる。感動的でさえもある。

が、だから魔女オバンは何があろうと「自分の信ずること」を曲げないである。それに、もしかすると、確たる勝算があるのかもしれない、なんても思うのだ。今はオバンの「空間開放」の哲学導入列車は、何百メートルの高さという崖っぷちの線路で立ち往生しちゃってるが、しかし、だ。これが もしも(時間がかかっても)オバンの勝算どうり成功したとすると、指先でその列車を「ひょいッ」とつまんで人々を救う「帰ってきたウルトラマン」のごとく、州の教育省から賞賛されることはまちがえない。ベシーランドはめでたく自分の神々たる哲学の成功論を本にして出版しちゃうに違いないのである。まさに魔女の偉業となるわけだ。

なので、今オバンが直面している「空間開放理論」の失敗疑惑なんぞは、オバンにとっては、コショウをばらまかれたくしゃみでしかない(のかもしれない)。オバンにとっては自分の施設に「基準は満たしてます」のレベルを貼りさえすりゃあ、それでいいわけである。そうすりゃあ、オバンの「挑戦」は続行できる。

信ずる道を強行するならば

そういえば、ギォリ- ビクトリア(Gowrie Victoria) というオーストラリアで革新的な乳幼児教育を何十年もリードしてきた公共の幼児施設運営団体があるが(詳しくはこちらから)、20年ほど前、(今では当たり前になったが、その時は)新しい哲学(だった)を初めて導入した時、「スタンダード基準」どころか最低基準にも合格しなかった、という話を聞いたことがある。ギォリ- ビクトリアと言えば、もうオーストラリアでは神的存在だが、「監査に落ちることで信頼なくしちゃうッ」なんていう心配は彼らにとって「XXくらえ!」だったのかもしれない。本当に心から信ずることを「やり遂げるぞ」と思ったらそのくらいの度胸が必要なのかもしれない。結果、20年後の今、その哲学はすべての州で当たり前となったわけで、オーストラリア中の子どもたちが今はその恩恵を受けているわけだ。やっぱりそういう先人たちのチャレンジ精神には脱帽だ。

けど、だ。果して、我らの魔女オバンは、そういう先人の一人になれるんだろうか。魔女はひるまないだろうが、どう見てみても、今のこの状況ではそういう「素晴らしい未来」は想像できない。

ってなわけで、話がだいぶ長くソレてしまったが、読者の皆様よ勘違いされるな、その監査通知はくろねこが働いている本部の幼稚園に出されたわけではない。なので、くろねこのいるチームは今はまだとりあえず気楽である。が、オバンの方はいくら「基準は満たしてます」のレベルで満足って言っても、それらの支部幼稚園に「監査」がやって来る当日までやることが山積みになる。そんなわけで、その監査ラッシュに奔走されられた魔女オバンのくろねこの教室への見回りお出ましも全くなくなった、という、そういうわけなのである(と思っていた)。

幼稚園熱血教師に一騎打ち

ところが、魔女オバンは、やっぱりどこにいても不滅であったのだ。

とりあえず停戦中であったオバンとくろねこの「シッポとり冷戦」(って何?前回のお話はこちらから)は、今度は教室の外で繰り広げられるこのになってしまった。オバンは「あなた、勝手なことはさせないわよ。私はここにいる」と言ってオホホホとお蝶夫人のごとく笑うオバンがくろねこ脳裏に浮かぶほど、自分の存在感を忘れさせない。これはもう魔法を使ってるに違いないのである。

オバンは今度はくろねこ先生の「熱血教師物語」に一騎打ちを仕掛けてきたのだ。

こども探検隊とくろねこ先生

自分でいうのもなんだが、くろねこ先生は「プロジェクト型学習」っていうのをやる熱血幼稚園先生であるが笑(って何?こちらでは超真面目に説明してます笑)、これはどういう代物っていうかというと、先生が子どもの前に立って「今日ははこれをやりますよお~」と言ってその日の活動を始めるのではなく、子どもが「これなんだ?」と何かに興味を持ったら、それをすかさず話のターゲットにして「よしッ、それ調べちゃおッ」とか「よしッ、それ創ちゃおッ」と他の子どもも巻き込んで「学習冒険」に繰り出す、というよな代物である。一つのトピックを掘り下げて探求するので半年間にもわたる長い学習冒険になることも珍しくない。つまり、プロジェクト型学習ってのは子供が主体の教え方だ。

ちょっとまた脱線だが、なんでくろねこが魔女オバンに面接で即採用になったかっていうのも、魔女オバンがくろねこの地域活動に密接したプロジェクト型学習への取り組みを気に入った、っていう理由があった。魔女オバンの夢見る「子供の楽園」思想はかなり徹底しているから、「子どもが主体!」「子供が中心!」っていう哲学を持ってなければオバンのとこじゃあ働けない(そうじゃなくても「カリスマ、パワハラ、魔女」という3大原則を誇るオバンのとじゃあ働けないってのが本音だけど笑)。

でも、ってことは、「子供が主体!」ってのを理想にしている先生たちにとっちゃあ、つまりここで働くのは好都合なのである。オバンに対して「バリア」を貼りオバンの言動が気にならなくなるテクニックさえ習得すりゃあ、本当はくろねこにとっての楽園にだってなりえるかもしれない。と、くろねこは前向き思考でいた(前回のお話はこちらから)。

幼稚園こども探検隊長の面目

が、オバンは今度はそこのところをついてきたのだ。状況はこうだ。

今教えている子どもたちとは、”Arrows”を題材にしたプロジェクト学習に取り組むことになった。なぜかっていうと、Arrowってのはこの場合「やじるし」っていう意味だが、この「やじるし」をテーマにした日本の絵本に子どもたちがはまってしまったのだ。矢印を辿っていくと思いがけず面白い場所に行くことになったりして、子どもたちはその隠れた「魅力」にすっかり虜にされてしまった。そこで、この「やじるし」を使って、自分たちの大きな施設の訪問客のために案内柱を作ろうというプロジェクトを立ち上げた。

このプロジェクトをやるには、子どもたちはIDナンバーをスキャンしてのみ通過できる自動ロックのドアを通って自分たちがいる「こども園」のセクションを出て、職員室や母子健康コンサルティングルーム、図書館や会議室のある、いわゆる「公共施設セクション」に入っていろいろ調べなければならない。子どもたちはすでに施設を探検済みで、この施設にはこども園施設の他に17の部屋があることを発見していた。そして、施設の案内柱を作るには、これら17の部屋の本当の名前を知らなければならないから、オフィスに行ってスタッフにインタビューして聞き出そうという事になった。

子どもたちはこの「インタビュー」という言葉に「大人がすること」みたいな響きをおぼえて、この計画にすっかり虜になった。みんなでワクワクしながらインタビューの分担や順番をどうするか話し合った。インタビューする人のマナーや心がけについても意見を出し合い(笑)、質問する内容もバッチシ考えた。

で、「さあッ、いざ出発!」という事になって、第一陣がグループになって意気揚々とくろねこ先生とともにオフィスのある公共施設セクションにつながる長―い廊下を足並み揃えて歩きだす。子どもカフェテリアを通るときは、そこですでに給食を食べている赤ちゃんグループと保育士の先生たちに颯爽と手を振る。「君たち見たまえ、幼稚園組を。カッコイイでごじゃろう」と自慢げだ。保育士さんたちの手を振る姿もまぶしそうである。

くろねこ先生と子どもたちは「シャバ」に出る大きなドアにたどり着くと、いったん息をのんで「いくぞおう!」と叫んでドアを「バーンッ」とドラマチックに開ける。

と、そこに、立ちはだかっていたのである。魔女オバンが、である。

子ども探検隊と魔女戦争

「あらあら、今日はみんなお揃いでどこに行くの?」

オバンは例の観音様の笑顔で言った。けど、なんか、怒ってる。まずいッ。

子どもたちがオバンを見上げた。

「Ahhh…, the children want to interview you (えーッと、子どもたちがあなたに質問があるみたいなんだけどぉ…笑)」

くろねこは汗かきかき冗談ぽく言った。

すると、オバンはくろねこをキリッとにらんだ。空気にピリピリッとデンキが走る。子どもたちもこの「まずい」空気を感じ取ったみたいだ。いつもだったらスーパーヒーローの気分になって自分たちがしてることをドラマチックにオバンに報告するとこだが、今日は額に汗の粒をのっけて、オバンとくろねこの顔を交互に見る。

「ああ、そうなの~ アハハハ」

と、オバンは、トレードマークの観音様マスクを一生懸命落っこちないようにおさえながら言った。

が、その努力の甲斐もむなしく、

「今日はだめですッ」

と言ってついにみんなに恐ろしい形相を見せてしまった。

子どもたちとくろねこ先生はみんなびっくりして、くるりとUターンし、汗粒を辺りにまき散らしてそそくさと教室エリアに帰っていった。くろねこ先生の子どもたちに対する面目は丸つぶれである。「こども探検隊」のくろねこ隊長はチビ隊員たちの信頼をなくしてしまったかもしれない。

教室に戻って来ると「She didn’t let us in!(園長先生が来ちゃだめだって!)」と子供たちとくろねこ先生は言ってみんなでほほっぺたをふくらませた。そして「よし、園長先生に手紙を書こう!」という事になった。いろいろ話し合った挙句「こういうのをpermission(許可)をもらうっていうんだよお!」と誰かが言い出したので、こどもたちは「permissionをくださいッ」と書いて、園長先生ベシーランドに届けることにした(笑)。

くろねこ先生が魔女オバンに「裁判」にかけられたのは、その1週間後のことである。オバンのヒーッピー部屋でのミーテングに「ご招待」されたのである。くろねこ先生、またまた大ピンチである。

オーストラリア幼稚園奮闘記の続き(最終話)はこちらから

読者の皆様へおことわり; このお話は、くろねこ先生の実際の職場での体験を一部参考にして作られていますが、お話に登場する人物や施設、そして出来事はすべて架空のものです、あしからず(笑)。

こんなお話もあるよ!

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