「子供の先生勉強会」にようこそ~!オーストラリアはメルボルンの幼稚園教師くころねこです。今回は幼稚園、小学校でやったら絶対面白い「プロジェクト型学習」(PBL)の歴史に迫りますっ!
このページでは、プロジェクト学習の「ちょっと昔」の近代史で、ジョン・デューイ(John Dewey)のアイデアを見ていきます(アイデアって言った方が親近感があります笑)。ちなみに、前回の記事「プロジェクト学習の歴史 けっこう昔編」はこちらをタップ!
ここはくろねこ先生のハチャメチャ勉強会のページ、誰でもぜひ参加しちゃってください!このブログは、日本の教員資格取得なのになぜかメルボルンで幼稚園教諭歴25年のくろねこ先生が、自分の勉強不足を補うために、ブログを書きながら、そこらへんの文献を読み解く奮闘劇を皆さんとシェアしちゃおう!という安易な趣旨の勉強シリーズです(笑)読者の皆さんもコメント欄を使ってぜひ参加してください、楽しみにしてます!ブログのコメント欄からのメッセージやコンタクトはこちらをタップ!
プロジェクト型学習の歴史 「近代編」
参考にしている資料はこちら!米国のLiFTという会社のウェブサイトから引用してマス。

ジョン・デューイ John Dewey
Recognised as one of the early proponents of project-based education. “Give the pupils something to do, not something to learn; and the doing is of such a nature as to demand thinking; learning naturally result”.
と、年表の説明書きにはありますが、コレ、訳がけっこう難しい。「(デューイは)プロジェクト型学習の初期の提唱者デス」はわかるし、「生徒に、”学ぶこと”じゃなくて、何かをさせるんだッ」ってとこも、まあ、わかります。次がちょっとムズイ。「何かをするってことは、何かを考えたいっていう欲求なわけで、(そこには)自然に学習が生まれるものデス。」って、ま、くろねこ先生ふうに訳すとこんな感じかしらん。

日本語にしてみると、やっぱりちょっとスンナリ理解できなような気もするんですが、考えてみるとそうかもしれませんねえ。先生が「はい、今日はこれします。」って言われてやるときは、子どもの頭はあんまり働いてません。どちらかっていうと「見た通り、言われた通りやらなきゃッ」感が強いわけです。デューイ的に言えば、そこには学習が発生しない。なぜかっていうと、先生やってる人なら誰でも感じたことあると思うけど、教師が一生懸命計画したことを筋道どおり「教えた」ことほど、子どもの心に残らないことが多いですね。

「オイオイ、子どもの心に残ってどうするん?頭にやきついてくれないとダメだから、こっちは『これかこうだ』と教えてるんだ。」っておっしゃる先生は、どのくらいいるんでしょうか? 本当にそうでしょうか?子どもの心に残らないことは、子どもの頭にもインプットされません。と、くろねこ先生は思います。
で、そこでデューイは言うわけです。「生徒に何かをさせりゃあいいんだ。」。日本語だとちょっと違和感ありますけど、これ、例えばこういうことです。多くの幼稚園生小学生が「お受験」で塾通いの最近の日本では、今から上げる例は、全然現実味がないかもしれませんが、話をシンプルにするためにワザと基本的な例にしてみまし昭和の授業風景に置き換えてみてみてくださいね。

先生が、教材を完璧に準備して1+1=2を教えたとしましょう。一通り説明して子どもたちに聞きます。「わかったかな?」で、クラスの子どもたちは「はーい」と返事しました。それから先生は質問します。「じゃ、1+2は何だ?もうわかるよね?」が理解は早い子どもたちが元気に「わかる~3!」と言って、先生は「そうだそうだ、みんなわかったな、大丈夫そうだなッ」なんて言ってます。ホントは、ほかの子どもは、まだ半信半疑。だって、一体、この数字の概念は何物なんでしょう? 先生は、「スズメが1羽塀の上にとまっていて、後からもう一羽やってきました。2羽になりました」って言って、それはわかったけど、なんでスズメをこの「数字」にしなきゃなんないの?実はこんなふうに感じている子ども、多いかもしれません。実際はこんな違和感を、分からないこととして認識できない子どももたくさんいて、つまりそれは, 何が分からないかも、よく分からない、ってことです。そういう子ども、あなたのクラスにも数人いると思います。これでは、クラスに学習が本当に発生しているとは言えませんよね。
ところが、デューイの提唱する「 やることをやらせればいい」の世界では、これと全く正反対の経路で学習が発生します。
これを「2+3=5」のごくシンプルな例で説明するとこうです。またまた昭和チックなお話で申し訳ありませんが(笑笑)。子どもは3歳になったばっかりです。

サっちゃんはお友達5人で遊んでいました。遊び疲れたところでポケットの中に飴が入っていたことを思い出しました。みんなで食べようとおもいついたのですが、手に取った飴はどうやらたりなさそう。サっちゃんはまず自分の分の飴を取ってから(笑)、お友達の一人一人の手にひとつづ飴をわたしました。二人のお友達の手には飴はありません。サっちゃんは二人の手をじっと見つめました。そしてパン、パンと二人の手のひらを軽くたたいて、それからまた少し考えました。それを見ていたお母さんが来てサちゃんと同じように二人のお友達の手をパンパンとして「ひとつ、ふたつ」と言いました。「あと二つ?」サっちゃんは言いました。サっちゃんはキッチンの棚に行って飴をもう二つ取ってきました。そして残りのお友達の手にも飴を渡しました。「飴が3つと2つで、全部でなんこ?」とお母さんがみんなに聞きました。みんなで飴を数えると5こありました。お母さんは子どもの頭をなでながら人数も確認しました。「5人だから飴、5個いるね」。

どうでしょう?ここは 「一つ、二つ」と数えていたのが、最後は「ナンコ?」という算数代名詞にに代わっているのも味噌です(味噌ですっていう表現は古いんでしょうか?大切ですって意味。)笑。気が付いたと思いますが、本当はこれは2+3=5ではなく、5= 2+( ) っていう意味になりますよね。だけど、これがデューイの言うところの「何かをするってことは、何かを考えたいっていう欲求なわけで、(そこには)自然に学習が生まれるものデス。」ってことなんじゃないでしょうかね。

ここでは学習は自然に発生したわけなので、その経路はセンセイが「2タス3は5です。」のセンセイ主導型の学習経路とは違ってくるわけです。が、子どもがそこで得た学習は鉄板です(これ、古いですか?確実ですっていう意味笑)。確実に理解するので、応用もどんどん広がっていくわけです。最後、お母さんんが「5人だから飴、5個いるね」と締めくくったのも味噌で、つまり、このような生徒主導型学習であっても、教師の役目は欠かせないってことです。また、この学習は、サっちゃんの「必要性」から自然発生した学習であることもわかります。これでデューイの提唱する「 やることをやらせればいい」の世界感がなんとなくわかりました。

ということで、以上がくろねこの解釈ですが、、これより後の研究者についてさらに読み解き、これがプロジェクト学習どのようにプロジェクト学習に発展したのか探ってみましょう。 EdTech book っていうウェッブサイトでは、この、Proejct Based Learning はこのように紹介されています。
Researchers slowly developed Dewey’s ideas of learning by doing into PBL over the last century ”研究者たちは、デューイの「実践による学習」という考え方を、過去1世紀にわたってゆっくりとPBLへと発展させてきました”。
それは、どんな道のりだったのでしょうか。
次回をお楽しみに!

Reference;
The History of Project Based Learning (PBL), LiFT Learning, https://liftlearning.com/the-history-of-pbl/
Perry, S.B, Project Based Learning, EdTech Book, https://edtechbooks.org/studentguide/project-based_learning